『世界のホームラン王』として知られる王貞治さん。国民栄誉賞受賞の第1号や2010年には文化功労者として表彰もされています。
現在はソフトバンク球団取締役終身GMなど今もなお活躍しているお方。
その王貞治さんが78歳で2018年に一般女性と再婚したということで詳しく紹介していきます。
どんな方と再婚されたのかや、王さんの娘さんはなぜ反対していたのか、馴れ初めについても調査していきますので是非ご覧ください。
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王貞治が78歳で再婚した嫁について
王さんがお嫁さんと出会ったのが福岡、中洲の老舗料亭。お嫁さんはそこで女将として働いていました。
王さんはホークスの監督時代から店を使用していた縁で知り合ったそう。ホークスがなかなかいい結果を出せずに落ち込む王さんをいつも励ましていたそうです。
どんな方なのかを詳しく紹介していきます。
クロ
18歳下の一般人女性
お嫁さんは王さんより18歳年下の60歳で再婚しました。福岡の中洲にある老舗料亭の女将をしていた一般人の方。
小柄ですが目がぱっちりとした博多美人で、年よりもかなり若く見えます。
元防衛大臣の稲田明美さんに似ているとの噂でしたが、本当にお綺麗な方ですね。
稲田明美元防衛大臣の写真も参考程度に載せておきます。
画像出典元:MATOMAKE
稲田明美元防衛大臣も目がぱっちりでどことなく似ている気がします。
福岡・中洲にある老舗料亭の女将
お嫁さんは中洲にある老舗料亭の女将だったとのことですが、どこの老舗料亭で働いていたのでしょう。
調べてみると中洲にある老舗料亭は何箇所か出てきました。
- 「料亭きくしげ」
- 老舗料亭「博多老松」
- 「博多料亭満佐」(まさ)
1番有力なのは「料亭きくしげ」です。
中洲の中心に位置し築150年を超える料亭きくしげは観光名所の1つでしたが2014年に閉店し今は第三者に土地を売却され、建物自体もうありません。
うさたん
バツイチで子供が3人いる
お嫁さんも結婚歴があり、3人の子供がいます。
その子供たちが社会人になるのを待って再婚したとも言われています。
王さんは自分やお嫁さんのことだけでなく、自身の子供や、奥様の子供、財産分与など考え再婚したのですね。
王貞治の娘は再婚に反対だった
画像出典元:るるぶ&more
2002年に起きた「遺骨盗難事件」
2001年に亡くなった元お嫁さんの恭子さんの遺骨は東京目黒区の圓融寺に埋葬されていましたが、何者かに盗まれいまだに見つかっていません。
そんなこともあり、遺骨が戻ってきたとしても、王さんが再婚されたらお母さんが戻る場所がなくなってしまうんじゃないか、と次女の理恵さんが心配し再婚に反対していました。
恭子さんは王さんが現役時代、監督時代に野球に専念できるように努めていました。
だからこそ、王さんは恭子さんが亡くなった後、『再婚はしない』と娘たちに宣言したそうです。
そんなこともあり、娘たちは簡単に再婚に賛成は出来なかったのでしょう。
嫁の子供は応援していた
画像出典元:パ・リーグ.com パリーグの全てがここにある
一方、現在のお嫁さんもバツイチで自身の子供が3人います。
お嫁さんの子供たちは、10年も王さんのそばにいる母をみて、このまま内縁の妻で終わるのは寂しいという思いが強く、お母さんと籍を入れてくださいと再婚に対して非常に前向きでありました。
サルの助
画像出典元:毎日新聞
王さんは奥様の子供たちにも真摯に向き合っていたのがわかりますね。人柄がうかがえます。
出会いは老舗料亭
ホークスの監督時代に奥様が女将を務めていた老舗料亭を使用して出会ったのがきっかけ。
初めは友人程度でしたが、2006年に王さんが胃がんを患い胃の全摘出手術を受けました。その闘病生活を献身的に支えてくれたのがきっかけで2008年に同居を開始。
以後10年もの間、内縁の妻としてそばにいたのです。
プロボーズの言葉は「そう(結婚)するよと言ったら、大変喜んで。今まで以上にはりきって僕を支えてくれるでしょう」と話しています。
引用:朝日新聞DIGITAL
入籍後にはこうコメントしています。
「一緒に住んで10年目。10年も世話になったから、しっかりとけじめをつけようということで。僕は野球のこと以外は全然ダメなんで、色んな形でしっかり支えてくれた。これからはますます年齢も上がるし、体の方も。2人で支え合って生きていこうということで入籍をしました。男として責任が生じるから、お互いに体に気をつけながら仲良くやっていきたい」と笑顔で報告した。
引用:朝日新聞DIGITAL
お嫁さんのことをとても大事にされているのがわかるコメントですね。王さんにここまで愛されるお嫁さんもきっと素晴らしい方なのでしょう。
夫婦仲は良好
結婚前にフライデーから直撃された際に僕にとって必要な人なんだときっぱり話をされていた王さん。横にいたお嫁さんも幸せですよと話されていました。
結婚後の現在も主人が元気に仕事をしているのを嬉しく思っています。とのコメントを残していて夫婦仲は非常に良好であることがうかがえます。
深く愛し合っている感じがみてとれますね。
王貞治の元嫁・恭子は胃がんで亡くなっていた
元お嫁さんの小八重恭子さんとは6年お付き合いの末、1966年に結婚されています。
王さんが巨人に入団したプロ1年目に奥様の恭子さんは当時高校1年生。恭子さんは巨人ファンの友達と多摩川へサイクリングに遊びにきていました。
そこには巨人の合宿所があり、王さんと知り合いました。
巨人の監督を退いた後、恭子さんも王さん以上に野球のプレッシャーから解放されたそうで、ずっと陰で支えていたのですね。
恭子さんはとても端正な顔立ちでモデルのようなスラっとした体型をお持ちでした。
ですが控えめな女性だったようですので、昭和時代を象徴するような素敵な女性だったのでしょう。
3人の子宝に恵まれますが、胃がんで2001年12月11日に57歳という若さで亡くなっています。
子供は3人で全員娘
王さんには3人の娘がいます。
3人の娘がいまして、名前が 理香(りか)、理恵(りえ)、理沙(りさ)の三姉妹です。
次女の理恵さんは有名ですよね。
三姉妹の名前の意味は、結婚して姓が変わっても里を忘れないようにという気持ちから、娘全員に実家の姓である〝王〟が入った〝理〟の字を使った命名をしたそうです。
長女と三女は若くして結婚し、三女は外国人と結婚し海外にいるようです。
初めこそ再婚に反対されていたようですが、それぞれの家庭もありその後は王さんの再婚にもそこまでの反対はしていませんでした。
ですが次女でタレントの理恵さんだけは、ずっと反対していたそうです。
王さんは福岡でお嫁さんと同棲していましたが東京に来たときは目黒区にある自宅で理恵さんと一緒に過ごしていたそう。
理恵さんは実母を想い『籍は入れてほしくない』と周囲にもらしていましたがご自身も結婚され少しずつ再婚を許すようになったようです。
78歳で再婚し、財産分与はどうなっているのか?
たとえ家族の理解を得て熟年の男女が再婚をしても財産分与が気になるところ。
再婚すれば、王さんの遺産の半分は後妻の現在のお嫁さん。残りを3人の実子で三等分であることから再婚を快く思わないのも納得できます。
また、その後に後妻のお嫁さんが亡くなれば、遺産はお嫁さんの実子に相続され、理恵さんたち王さんの娘、3人は法廷相続人になれない。
そのことを踏まえてなのか、1973年に王さんが購入した目黒区にある豪邸は2018年に売却されており、再婚前に相続争いになりうる土地を手放しています。
今、王さんが住んでいる港区のマンションは分譲ではなく、高級賃貸マンションです。
また、王さんが代表を務める個人事務所は理恵さんと長女が取締役を務めていて奥様は役員に入っていません。事務所の資産は娘たちに譲るつもりなのでしょう。
一方、事務所名義の福岡のマンションは奥様名義に変えたいと思っているのかもしれません。
まとめ
画像出典元:full-count.jp
それでは今回の記事をまとめてみましょう!
- 2018年に王さんは18歳下の一般人女性と再婚。
- 出会いは福岡の中洲、奥様は老舗料亭で女将をしており、ホークス時代に店を利用していたことから知り合った。
- 奥様が働いていた料亭は「老舗料亭はきくしげ」でないかと思われる。観光名所の1つでしたが現在は建物自体がありません。
- 奥様にも結婚歴があり、3人の子供がいる。王さんとの再婚を応援していました。
- 王さんの娘さんは前妻の恭子さんの遺骨が盗難されたこともあり、王さんが再婚されたらお母さんが戻る場所がなくなってしまうんじゃないか、と心配し再婚に反対していたそう。
- 馴れ初めは2008年に王さんが胃がんで闘病生活をしていたのを献身的に支えたのがきっかけで、10年同居して内縁の妻であった。
- 今でも夫婦仲は非常に良好である。
- 前妻の恭子さんとは巨人の合宿所で知り合い、1966年に結婚していますが2001年に胃がんで亡くなっています。
- 王さんの3人の娘は次女の理恵さんが有名だが、理恵さんが再婚に反対でした。ですが、ご自身の再婚をきっかけに再婚を許すようになっていった。
- 財産分与についても、トラブルにならないようにしっかり考えておられるようです。
現在のお嫁さんも10年内縁の妻として王さんをサポートしていったことからお二人はとても愛し合っており穏やかに毎日を過ごしていることがうかがえます。
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