(吉本興業会長)大崎洋とダウンタウン・明石家さんまとの関係やエピソード!

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吉本興業の会長で、闇営業問題で話題になっている大崎洋さん。そんな大崎洋さんとダウンタウン、明石家さんまさんとの関係性やエピソードを紹介 していきます。

ダウンタウンと明石家さんまさんとの盛りだくさんエピソードが満載なので、必見です!

 

大崎洋とダウンタウンの関係は初代マネージャー!

出典:毎日新聞

 

大崎洋さんはダウンタウンの初代マネージャー(厳密に言うと担当者)で、ダウンタウンを東京に進出させたりや、「ダウンタウンのごっつええ感じ」のプロデューサーを手掛けるなどダウンタウンにとっては大きな存在でした。

大崎洋さんはダウンタウンの2人よりも、10歳年上ということもあり、兄貴役、相談役として慕われていたそうです。

闇営業問題で、松本人志さんが大崎洋さんに関するコメントをしたのがコチラ

 

 

このように松本人志さんにとって大崎洋さんは大きな存在のようですね。

ちなみに、東京進出に対して、松本人志さんは「大阪で満足していたのに、遠くて近い外国、TOKYOに無理やり移住させられた・・・。」とネタにしているようです(笑)

 

大崎洋がダウンタウンの才能を見抜く!

 

大崎洋さんがダウンタウンを初めて見たのは、ダウンタウンがNSCの一期生時のようです。

そこでのダウンタウンは喋りのテンポや間のあけ方、ネタの発想「あっ、まだこんなやつがいたんや!」と衝撃を受けたとのこと。

 

これだけの才能を秘めたダウンタウンですが、全く売れず、会社の誰からも相手にされなかったようです。

そんなダウンタウンを見た大崎洋さんは、個人的にマネージャーに名乗りを上げました。

 

大崎洋さんは、まったく売れない時代から、ダウンタウンの才能に可能性を感じたのですね。

この後、あれだけ売れるのですから、それを見抜いた大崎洋さんはすごい方です。

 

大崎洋とダウンタウンとのエピソード!

出典:yahoo.co.jp

 

ダウンタウンのマネージャーになった大崎洋さんですが、仕事はなく、スケジュール真っ白な日々が続きます。

白紙のスケジュールを渡してもしょうがないと思った大崎洋さんは、「○月×日△時から大崎とコント打ち合わせ」と書き、ダウンタウンの2人に渡します。

そのスケジュールを見たダウンタウンは、何も文句も言わず、「ありがとうございます」と受け取り、3人でネタ作りに没頭したとのこと。

 

この頃のダウンタウンは、生意気で、暗くてガラが悪かったそうですが、文句も言わず感謝の言葉を出す所に、心がグッときますよね。

このような心を持った2人だからこそ、あれだけ売れたのでしょう。

 

大崎洋とダウンタウン松本人志がプールで約束?

 

大崎洋さんは、まだ売れていなかった頃のダウンタウン松本人志さんとスポーツジムに行きました。

25メートルのプールに行き、そこで大崎洋さんはふっとこのように思うのです。

「今は一緒に過ごしているけど、売れるようになったら僕の言うことなんか聞いてくれなくなるなぁ」

このように大崎洋さんが思った理由に、松本人志さんが間違った方向に向かった時は「絶対に止めなければいけない」と思ったからだそうです。

 

そこで大崎洋さんは松本人志さんに、「25メートル1回も息継ぎせずに潜水したら、将来俺の言うことを聞いてくれるか?」と提案を持ちかけます。その提案に松本人志さんは合意。

実は大崎洋さんは元水泳部で潜水は得意だったこともあり、見事泳ぎ切ることに成功。後にこの約束は果たされることになります。

 

その後、ある出来事があって、大崎洋さんと松本人志さんの意見が分かれてしまいます。松本人志さんは自分の意見を一向に曲げませんでした。

そんな松本人志さんに「あのときのプールの約束、今使うわ」と大崎洋さんが言い、その言葉に松本人志さんは「えーっ、こんなときにですか・・・」と苦笑いしながらも渋々承諾したのだそうです(笑)

 

大崎洋さんの機転が利きましたね!松本人志さんも約束を反故にせず、義理堅く守るところが偉いですよね。

 

ダウンタウン松本人志が映画を撮ったキッカケは大崎洋?

 

お笑い芸人として活躍している松本人志さんですが、映画監督としても数々の作品を世に送り出しています。

 

■2007年、大日本人

■2009年、しんぼる

■2011年、さや侍

■2013年、R100

 

このように芸人だけではなく、映画監督としても活躍されている松本人志さんですが、その前に大崎洋さんは松本人志さんに「本出したり、映画撮ったりいろんなことしような」と話していたのです。

しかし、この大崎洋さんの提案に松本人志さんはこのように返答しました。

 

「大崎さん、何でそんなこと言うんですか。僕は金持ちの家に生まれたわけでもないし、運動神経がいいわけでも、ギターが弾けるわけでもない。やっとお笑いっていうものを見つけて、100メートル走を一生懸命、走ろうとしているのに。走り幅跳びもしなさい、棒高跳びも、て

出典:zakzak

 

このように話す松本さんですが、大崎洋さんのこの発言があったからこそ、映画に関わるようになっていったのではないでしょうか。

 

ダウンタウンのドッキリに大崎洋が仕掛け人として登場!

出典:yahoo.co.jp

 

番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」でダウンタウンの2人が打ち合わせ中に大喧嘩をし、周りを凍りつかせるというドッキリを敢行します。

その仕掛人として大崎洋さんが出演しました。

 

 

ダウンタウンの浜田さんと松本さんの怒号が飛び交う迫真の演技に、控え室の空気が張り詰めます。

このドッキリに今田耕司さんは「本気で笑えねっス」と言い、最後にはとうとう泣き出してしまいました(汗)

 

その今田耕司さんと見た東野幸治さんは「泣く気持ちはわかる」と話し庇っていました。

心がないとよく言われる東野幸治さんですが、が庇う姿を見て、優しい人だと個人的には思いましたね。

 

大崎洋と明石家さんまとの関係性!

 

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ダウンタウンにとっては兄貴役、相談役として慕われていた大崎洋さんですが、明石家さんまさんとはどのような関係だったかを見ていきましょう。

 

明石家さんまさんは60歳で芸能界を引退することを考えていました。

ですが、吉本興業の稼ぎ頭である明石家さんまさん に引退されては困るので、「引退はまだしないでくれ」と引き止められていました。

ちなみに明石家さんまさんのギャラは吉本全体の8分の1だったとのこと。

 

明石家さんまさんは以前から、先代の林祐章さんに育ててもらった恩はあるけど、大崎洋さんには無い為、「好きな時に辞めさせてもらう」と話していたようです。

 

このように「好きな時に辞める」と発言していた明石家さんまさん ですが、自分が抜けるといろいろと迷惑がかかると責任を感じて辞めずにいました。

一説には、島田紳助さんが芸能界を引退した時に、「自分の力で紳助を復帰させる代わりに、60歳で引退させてほしい」と言ったのだとか。

 

島田紳助さんの引退は吉本にとって大打撃なので、大崎洋さんは明石家さんまさんに相談をすることに。

自身の引退の件もあるということもあり、明石家さんまさんは島田紳助さんが復帰できるよう動きます。

関西ローカルで「紳助は復帰してもいい」と発言するなど、島田紳助さんが復帰できるような空気作りをしました。

 

ですが、このような努力も空しく島田紳助さんの復帰は失敗に終わってしまうのでした。

こういった経緯もあり、明石家さんまさは現在も引退せず、第一線で活躍し続けています。

 

こうやってみると大崎洋さんと明石家さんまさんは関係性はあまり深くないようですね。

 

 

いかがでしたでしょうか。

大崎洋さんとダウンタウンの関係性はかなり深いことがわかりました。その一方で明石家さんまさんとはあまり仲が深くないこともわかりました。

闇営業で揺れる吉本興業の今後の行く末に注目ですね!

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